十首選 2023年12月号 (2023年10月号掲載分より選歌)
選者 平瀬 紀子(運河の会)
・ 霧雨に煙る山裾の紫陽花がひときわ映ゆる暗き心に ひさの盈
・ 初めてのセルフレジする背後より早くせよとう視線がささる 馬場久雄
・ 家内より児を呼ぶ声のやわらかし隣家ははやも夕餉のときか 内山嗣隆
・ 陽の落ちて青田を渡る風涼し夫をさそい墓掃除に行く 高峰 さつき
・ ぬくき陽を背中にのせてジャガイモの種を穴へと落としてゆきぬ 長尾たづ子
・ 刻々と夕日が雲を染めゆくを眺めてあかぬ術後三日め 青田綾子
・ マウイ島のラハイナの街悲しけれ友挙式せる教会も燃ゆ 吉永久美子
・ 夏椿の花咲く寺へ友とゆく夫を亡くして間も無き友と 宮脇経子
・ 近頃は笑いのテレビに笑えずに少し悲しいニュースに泣けり 松下孝裕
・ 紫蘇を摘み脇芽を摘みて黒き爪友も同じ手土はゆたけし 浮田伸子
十首選 2023年11月号 (2023年9月号掲載分より選歌)
選者 新屋 修ー(コスモス)
・ 茄子、胡瓜、じゃが芋、玉ねぎ、車椅子、わんさか積んで母と帰り来 吉田千代美
・ 逝きし人偲びてあはし遥かなる愛のことばは老いてゆたけく 浮田伸子
・ わが住まいの近くの美容院に替りたり老い身めぐりの整理のひとつ 吉永久美子
・ 気ままなる日々有り難し一人行く野の道に咲く薊のさやか ひさの盈
そう思
・ 水にぬれたる千円札の乾ききり野口英世は顔ゆがませる 大西迪子
・ あっけらぽんとオペ受けたりしよその後の山坂越えて半世紀過ぐ 青田綾子
・ もの言いのまるくなられてふと淋し斯く言う吾も深く老いにき 岡田惠美子
・ 保育所へ通う曾孫に出す手紙便箋二枚ひらがなばかり 長尾たづ子
・ 色付ける極太きゅうりそこここにわが家の畑も秋に入るらし 藤澤雅代
・ 丹(に)にあらず紅(べに)ともいえず朱なるかも夫婦(みょうと)の椀に善哉を喰う 内山嗣隆
十首選 2023年10月号 (2023年8月号掲載分より選歌)
選者 糴川範子(ポトナム)
・ コミュニケーションに果たす口許の役割をマスクを外 し再認識す 平山進
・ 夕六時の梵鐘日ごと聞きいしが無住寺となりさびしきかぎり 長尾たづ子
・ 天離る鄙でくらして八十路過ぐ良きも悪しきも風に任せて 武内栄子
・ 豌豆の莢に朝日が透き通り五つの豆の所在を明かす 上月昭弘
・ 日の匂い玉葱の匂い満つる納屋穫り入れられて山と盛られて 青田綾子
・ くぐもれる電話の声がさみしくて梅雨の雨まで沁みこみてゆく 山本圭子
・ 床上げて啜るおかゆは熟きまま米の滋養をしみじみ思う 松下孝裕
・ 五十年初めて付けし松ぼっくりたった一つが何やら愛し 平野隆子
・ 急ぎ足では戻れぬ老をじょじょにじょじょにぬらして過ぎる宵の時雨は 尾花栄子
・ 思ふことすつからかんと言ひたれど言ひたることの悔い溜りくる 大野八重子
十首選 2023年9月号 (2023年7月号掲載分より選歌)
選者 藤岡成子(コスモス)
・ 乳母車に抱っこをせがむ乳児の今にも脱げそう左の靴下 上月昭弘
・ 岸田首相の記者会見の生放送映して相撲中継途切る 上田知子
・ 真夜中に団地に入り来る救急車目を閉じしまま音を追いおり 馬塲久雄
・ 看護師に庭のメダカの稚魚も見せ母のお風呂の介助を頼む 吉田千代美
・ ひとりぼっちというなら吾のいる古里へ帰っておいでよ山河青める 青田綾子
・ たんぽぽの咲く細道をゆっくりと歩を運びおり山小屋までと 武内栄子
・ 草かきわけナナホシテントウ探す子の真剣な目に貰う純粋 藤澤雅代
・ 読書にも倦みて狭庭に出でてみる沓脱石のほのかに温し 内山嗣隆
・ 畑仕事仕舞いがてらに露摘みて剥けば日永の空のたそがる 松下孝裕
・ ぶつきらぼうにプレ母の日と言ひて子はランチに行かうとわれを連れだす
山本圭子
十首選 2023年8月号 (2023年6月号掲載分より選歌)
選者 山本みさよ(潮音)
・ 山吹の白き一重の花すがし蜜蜂の羽音かすかに聞こゆ 宮脇経子
・ 切りつめし木槿に若葉芽ぶきゐて四月旬日雨ふりつづく 山本圭子
・ 辛抱のいつか報わるる世の中でなくなったのか派遣の子老ゆ 松下孝裕
・ 花を活け部屋を整え友を待つ心浮き立つ小さな幸せ 桃原佳子
・ 紫木蓮はじけて風をつかむごと咲きはじめたり朝の光に 大西迪子
・ 思い出は唐突にして蘇るあの日あの時アルバム繰れば 山本君子
・ 山川の他は知らざりし少年期海知りてより迷いはふかし 内山嗣隆
・ 並木路に名残りの桜風に舞うひいふうみいよう 春が過ぎ行く 藤澤雅代
・ 鎮め難き怒りにも似る春疾風終日止まず 夜を疲るる 岡田惠美子
・ 春風が心の襞にもぐり込みわずか温もる啓蟄の朝 上月昭弘
十首選 2023年7月号 (2023年5月号掲載分より選歌)
選者 飯田 進(コスモス)
・ 夕暮れが夕闇になるその頃に立ち話終え別れるふたり 尾花栄子
・ 莟もつ椿の老い木をゆさぶりて春一番は日なか荒れたり 岡田惠美子
・ 待つことが光でありし遠き日の名残もあらぬ鈍色の空 青田綾子
・ 朝日歌壇八年間の切り抜きのかさの高きが読み手待ちおり 上月昭弘
・ ぼたん雪降る神河より帰り来れば洗濯物に日のさしており 西村千代子
・ 待っている時は来たらず不意に来る春の光のようなる雲雀 桃原佳子
・ 昇りくる太陽に向かい歩き行く帽子を深くかぶりなおして 平山進
・ 焼魚食べたる後の夫の皿に骨残りおり標本の如し 中嶋啓子
・ 受付に置かるるティッシュごっそりと持ち去る女見てしまいたり 山本君子
・ 三日ほど田舎の家に泊ったら病気が治りそうなと母いう 吉田 千代美
十首選 2023年6月号 (2023年4月号掲載分より選歌)
選者 山田 文(ポトナム)
・ 雪分けて茎折れ水仙摘みており吾がふところに抱く仏らに 青田綾子
・ 川の向こうの増位の山並煙らせて時雨の雲は移りて行けり 馬場久雄
・ 世界中に介護する人される人ひしめきて重き地球だろうなあ 吉田千代美
・ ブラックでコーヒー飲めばそれなりに風の便りもほろ 苦くなる 尾花栄子
・ わが里の焼却場へと運ばるる鶏四万羽粉雪のなか ひさの盈
・ 白もまた燃える色なり坂道に君が差し出す手に雪が降る 藤澤雅代
・ 山肌を茜に染めつつ沈む陽に兄をかさねて手を合わせおり 中嶋啓子
・ 上梓せる『暁の星』 に尋ねたし重信房子の老いの心根 上月昭弘
・ ゆゑもなく海が見たくて坂くだる学校橋に赤根橋こえて 宮脇経子
・ 八十の点検事項おほよそは外来語にておまかせします 浮田伸子
十首選 2023年5月号 (2023年3月号掲載分より選歌)
選者 太田晟子 (運河)
・ 五ミリほどのビオラはかなく植ゑかへて何ほどもなし老いの日日 浮田伸子
・ 里までの坂の往き来に笹子鳴く春まだ遠き寒中の森 松下孝裕
・ ひと月とあと数日の保険証すぎれば後期高齢者となる 塩見俊郎
・ 身の丈のいたく縮めるつれあひは初冬の光に影をおきたり 宮脇経子
・ 南天と葉ぼたん添へて松を活く見なれし空間おごそか になる 山本圭子
・ 目を閉じて祈り捧ぐるかんばせに竹灯籠の灯りゆらめく 馬場久雄
・ 「卓球を始めました」と八十歳ショートカットの髪かき上げて 山本君子
・ 高齢の転居のくらし慣れ難し今要ることも直ぐに忘れて 中村正剛
・ 新春の林の道のさねかずら地につくばかり朱実つけおり 西村千代子
・ 吐くことば辛辣なれど畑づくりにたけし古老に教えられいる 内山嗣隆
十首選 2023年4月号 (2023年2月号掲載分より選歌)
選者 楊井 佳代子(水甕)
・ 二十三軒ありし隣保の六軒が無人となりぬ 風吹きぬける 長尾 たづ子
・ 阿蘇台地を覆いつくしてすすき穂は風に揺れおり西日をはじき 西村千代子
・ 駆けてゆく子犬のやうな雲ひとつ見つつ待ちをり電車の来るを 山本圭子
・ 収穫を終えたる稲田に鴉鳩雀らの来て落ち穂を拾う 桃原佳子
・ 山頂にリュックを降ろし屈む友にアサギマダラがしばし止まりぬ
塩見俊郎
・ 畑一面に防草マルチ敷詰めて草の勢い封じ込めたり 中嶋啓子
・ 十六歳の大作の歌鉄筆による文学圏誌第五十号 ひさの盈
・ 「物忘れお前さんもか」と安堵して友と語りぬ小春の 縁に 中村正剛
・ 一陣の風に落葉は飛ばされてどんぐり椎の実道にころ がる 馬場久雄
・ 「あの雲にもしも乗れたらどこへゆこ」窓に幼と頬杖をして 山本君子
十首選 2023年3月号 (2023年1月号掲載分より選歌)
選者 桂 保子(未来)
・ もういいね永い年月ありがたう鏡に言へば鏡も笑ふ 大野八重子
・ 夕暮れに烏の群れが西にゆく高き低きと揃わぬままに 馬塲久雄
・ 秋寒の夜の羽根布団かたじけなしウクライナ産のダウンとありて ひさの盈
・ 今日の日を変わらず過ごすが幸せか深ぼりしない成り行きまかせ 尾花栄子
・ 眼科医に母が必死に訴える「見えなきゃ生きとるかいがない」 吉田千代美
・ ドローンは空中散歩なすごとく肥料を撒けりたった二分で 長尾たづ子
・ 食べ切れぬ玉葱なるに吾が夫は五百本植う土に這いつつ 中嶋啓子
・ 前栽の花の葉を食む鹿たちを想像しつつたのしくもある 浮田伸子
・ リハビリにお若いですねと言われつつマスクの下の皺は笑いぬ 吉永久美子
・ 「大根の間引きをするぞ今日こそは」犬に己の決意を聞かす 松下孝裕
十首選 2023年2月号 (2022年12月号掲載分より選歌)
選者 森嶋 郁子(海市)
・ 「遅れます」「気をつけて」と電車にてかたに送るスピーチ・バルーン 山本圭子
・ 三センチの段差埋めんと吾が夫がひびかせる鋸の音金づちの音 吉田千代美
・ 引き抜けば整ふものを乱れたるトマトを結はヘ水を撒きたり 浮田伸子
・ セルフレジに手間取りており音声に急かされいよよわが手強張る 大西迪子
・ 四年半続けし絵手紙教室を閉めて安堵に交じる淋しさ 中嶋啓子
・ 播磨の野家なき緑の草原は海まで続く太古の景色 馬塲久雄
・ 幼な日に戻し下されし山川の同じ匂ひの朝日射しくる 大野八重子
・ わらべ歌口ずさみつつ畑すみに憩う吾が上を鶺鴒ゆけ 内山嗣隆
・ やりなおしの利かぬ人生やり直しおりしが難し詠むと言う事 岡田恵美子
・ 荷をおろし安らげとかや朝々を大樹に群れて小鳥囀る 青田綾子
十首選 2023年1月号 (2022年11月号掲載分より選歌)
選者 石原 智秋(六甲)
・ 「八〇〇号になりましたよ」と大樟の秀をゆく初秋の風に呼びかく 青田綾子
・ 鼬(いたち)、穴熊、猿、猫、鼠、蛇、百足吾が家に来たる招かざる客 中嶋啓子
・「文学圏」八〇〇号の記念誌に吾も寄稿する有難きこと 高峰 さつき
・ 文学圏の本の重みに歪みたる書棚より出す三〇〇号を 浮田伸子
・ 愚痴ばかり告ぐれば母も苦しからう今日は楽しきことのみ話す 山本圭子
・ 夕風にのりてしほからとんぼをり施設に帰るわがあとさきに 故下村千里
・ テーブルを隈なく巡りゆく蜘蛛に余命十秒与え仕留める 山本君子
・ 二万円のポイントに釣られ申し込む解らぬままのマイ ナンバーカード ひさの盈
・ 「笑おうね」 合言葉のように言っていた「笑うは生きる秘訣だよ」とも 藤澤雅代
・ ベッドから車椅子への乗りかえの介助を習おうゆっくりゆっくり 吉田 千代美