十首選 2024年3月号 (2024年1月号掲載分より選歌)
選者 滝下惠子(旅笛)
・ 白みゆく障子に時刻(とき)をはかりいる狂い少なき老いの目覚めは 内山嗣隆
・ 朝霧が深ければ晴れる天気予報信じて白き闇に出で行く 桃原佳子
・ 夕日影うすくとどめて甘き香のこのつるし柿まあ食べてみて 尾花栄子
・ 乗り降りの人無きバス停すっ飛ばし最終バスは暗闇を急く 馬場久雄
・ いま君のバックミラーにわが姿映ると知りて背筋を伸ばす 山本君子
・ 懸命に栗を剥いてるお母ちゃんできないだろうと思ってごめん 吉田千代美
・ 北の戦火やまざるにまた中東に 窓打つ秋の夜の雨音 青田綾子
・ 尾根沿いの四国カルスト二十五キロ山々の稜線空へ吸わるる 西村千代子
・ 雨ののち急な冷え込みやうやくに色づくトマト戸惑ひをらん 浮田伸子
・ 誰か今我をつつけば破裂するそんな心を持ち歩く今日 松下孝裕
十首選 2024年2月号 (2023年12月号掲載分より選歌)
選者 西橋美保(短歌人)
・ 図書館を出て秋日和七冊が肩にずっしり富者の心地す 青田綾子
・ 敬老のお祝ひ届く昼さがりつひになりたり祝はるる歳に 山本圭子
・ 急登になれば奮い起つ登山好きも部屋の片付け遅々と 進まず 塩見俊郎
・ 秋祭りのシデ棒ゆれて練り盛り締込みの男の色白きなり 吉永久美子
・ カートひとつなき店舗なりあんぱんをひとつ買ひたり成城石井に 浮田伸子
・ 青空が広くなったと母が言うグリーンカーテン外した窓に 吉田千代美
・ 晩酌のビールは酒に代わりたりわれの体も冬季に移る 藤本勝義
・ 車椅子の暮らしも満更ではないと友はくるりと回って見せる 山本君子
・ 一つだに傷のなき身に生れしにメス痕ふたつ残してしまう 内山嗣隆
・ 未だ暑気の残る夕べの風に乗り稽古太鼓の音絶え間なし 岡田惠美子
十首選 2024年1月号 (2023年11月号掲載分より選歌)
選者 小松カヅ子(水甕)
・ 介護認定といふもの受ける七十の質問に答ふ夫冷静に 浮田伸子
・ 花音痴なれども便利スマホにて検索すればたますだれとう 藤本勝義
・ 風の声聞いているらし堰堤に大き背中と小さな背中 青田綾子
・ 飛蝗の子五ミリたらずの足たてて農機具小屋の床に動かず 上月昭弘
・ 浅草に撮りし写真も添えられて今生きているのは貴女と私 武内栄子
・ カレンダーに書込みのなき晴れた日は少し迷いて野良着に替える 内山嗣隆
・ 墓参りは三十五度の昼下がり来なくていいと子らに伝える 塩見俊郎
・ 駅前の駐輪場にサドル無き自転車倒れて雨に濡れおり 馬塲久雄
・ しっかりと歩く幼を目に追いて負けずに歩く足高くあげ 平野隆子
・ 置き忘れの鋏が戻った嬉しさに今宵は尾頭付きの鯛焼く 吉田千代美